今年は通常より早く寒くなったり、あたたかくなったりを繰り返したためでしょうか、金木犀が三度咲きするという、とても珍しい年になりました。みなさまの地域はいかがでしょうか。例年なら十日ほどで終わってしまう金木犀の甘い香りがまだ漂っています。今、うちの近所では金木犀のあとに咲く銀木犀(ぎんもくせい)も満開です。
七十二候では、立冬の初候「山茶始開(つばきはじめてひらく)」を迎えました。つばきと読ませていますが、これは「山茶」が中国でツバキ科の総称であったためです。
サザンカはこの山茶花(さんさか)が訛った「茶山花(ささんか)」から名づけられていますが、元々は山に咲いていた日本原産種で、ツバキ科の中でもっとも早く咲き始めます。サザンカを見かけたら、冬の始まりと思っていただくとわかりやすいかとおもいます。
「さざんか さざんか 咲いた道」。童謡「たきび」の歌詞にあるように生垣の定番となり、道を歩きながら見かけることが多いせいか、あまり珍しいとも思われない花ですが、年を越すまで次から次へと旺盛に咲き、冬の道を明るく灯してくれています。
サザンカが咲くのは初冬の11月から1月頃で、冬の花。一方、ツバキ(椿)は12月から3月の仲春ごろまで長く咲くので、漢字の通り、春の花になります。どちらも同じ日本原産種ですが、この違いはなんだろうかと調べてみたことがあります。
ツバキは日本を代表する鳥媒花です。同じツバキ科のサザンカにはたしかに鳥も来訪しますが、どちらかというと虫媒花の傾向が強いため、寒さには弱く、虫が活動できる時期に咲き終わります。サザンカが上向きに平たく、開放的な感じで咲いているのはハナアブなどの虫を呼び寄せるためで、芳香もあります。
一方、ツバキは色々な品種がありますが、原種のヤブツバキなどは筒咲きや猪口咲きで、芳香はなく、ちょっとミステリアスに下向きに咲いています。ツバキは花も枝も、かなり頑丈に作られています。これは体重の重たい鳥のためで、ツバキはどんなにゆさゆさ揺れても大丈夫。
ヒヨドリは枝につかまり、逆さになって蜜を吸っていますが、大きな頭をガサッと突っ込むので、ヒヨドリが訪れた後は花芯がすっかり潰れてなくなっています。笑ってしまうほど頭を花粉で真っ黄色にして飛んでいるヒヨドリもいます。
体重の軽いメジロは花びらにつかまり、蜜を吸うための特殊な舌とくちばしを持っているので花芯を傷めずに上手に蜜を吸いますが、よくみると花びらに小さな黒い点のような爪痕が残っています。
サザンカの花はハラハラと散り、頑丈な作りのツバキは花ごとポトリと落ちます。鳥は遠くからでも赤がよく見えるため、ツバキ科の花は赤が多いのだそうです。
ツバキはどこか情緒があり、サザンカはあけっぴろげで風情がない感じがしますが、誰のために咲いているのか、という花の目的を知るとなるほどと思います。サザンカは冬の虫たちを助け、ツバキは鳥たちのご馳走。それぞれの役割があるのですね。
日本は世界一のツバキ大国で、日本原産のツバキやサザンカは世界中に広まってカメリアと呼ばれるようになりました。ツバキの園芸品種は1900種で学名はCamellia japonica(カメリア・ジャポニカ)、サザンカの品種は100種もあり、学名は“Camellia sasanqua”(カメリア・サザンカ)です。
もうひとつ大事なツバキ科の花があります。茶の花です。ちょうど今頃、ほのかに香る清楚な白い花をつけます。小ぶりな五弁の花びらに大きな黄色の蕊(しべ)が特徴で、石鹸のような清らかな芳香がある虫媒花です。
茶の木は平安時代に中国から入ってきて、お茶の普及とともに全国に広まりました。学名は”Camellia sinensis”(カメリア・シネンシス)で、支那のツバキといった意味合いです。茶農家さんでは茶の木が弱っていたり、天候や管理が悪いときに花が咲くので、挿し木で増やし、なるべく咲かせないようにしていますが、野生化した茶の木は森の中でよくみかけますので、現代ではこれが文字通り「山に咲く茶の花」といえます。山林に自生している茶の木を「山茶」と呼ぶこともあるようです。
うつむくような白い花をひっそりと咲かせている姿には、ツバキやサザンカのような華やかさはまったくありませんが、私はこの可憐な花がこよなく好きです。森で出会うとハッとするような美しさがあります。季節は11月。茶の湯では茶人の正月、新しい壺をあける口切りの季節です。
文責・高月美樹
出典・暦生活