節気は白露、七十二候は「草露白(くさのつゆしろし)」となりました。朝晩の気温が急速に下がり、草に降りた露が白く光るように見える頃。雨が降っていなくても、野を歩けば足元がぐっしょりと濡れる露時雨(つゆしぐれ)に秋の訪れを感じる頃でもあります。
この「白」という表現が秋そのもので、陰陽五行で秋は白を司るので、白秋と言います。また素秋という季語もありますが、「素」も白を意味しています。
白は「死と再生」の象徴であり、生々流転、いのちの循環をあらわす色でもあります。この白は無色透明、もしくは光そのものを意味しています。夜空の月が白く輝いて見えるのも、流れる白い雲も、すべて光の反射です。
昔の人は秋草に宿る白露をこよなく愛してきました。秋はなんといっても野の花の季節。幾千万のくさぐさが一斉に小さな花を咲かせ、小さな種を残し、次世代へと静かに命をつないで枯れてゆきます。
ひとつひとつは本当に小さいけれど、群生したり、混生したりするものが多く、いのちのめぐりを感じさせる秋の野は地球上に生かされているものたちの壮大な生命のドラマそのものであり、「もののあはれ」を象徴する景色です。
高浜虚子の大好きな一句です。実をつけても、かなしいほど小さな草たちに心を寄せ、愛しむ気持ちが湧いてきます。
八千草、千草の花、草の穂、草の種、草の絮(わた)、穂草も、秋の季語。力強くはじけ飛ぶ種、風にのって旅に出るさまざまな綿毛たち、獣や人間の服にひっついて運ばれる種。種のかたちもさまざまです。
前回の七十二候でもお伝えしたように、この時期は二百十日から二百二十日の間で、雨が降ることも多いので、草の葉に宿る真珠のような露がたくさん見られます。
蜘蛛の巣にも、真珠のような露がびっしりとついていてキラキラと輝いているのも美しいなと思う光景です。ぜひ自然界の露を観察してみてください。
出典:暦生活