アスファルトのわずかな隙間、電柱の根元、埃が溜まったような階段の隅など、至るところに萌え出してくる小さなくさぐさ。よくもまあ、こんなところに、と思うような場所で懸命に生きようとしている姿をみると、なんとも愛おしく、優しい気持ちになります。
このなんの草ともわからないような小さなくさぐさを愛しみ、たたえる言葉として「小草(おぐさ)」という言葉があります。
和暦の如月(西暦3月ごろ)の異名は、小草生月(おぐさおいづき)、そして木の芽月(このめづき)。まったくその通りで、草木萌え動くとき。とくに小さなくさぐさがいっせいに芽生えることから、小草生ふ、草の芽、草萌、下萌え、草青むなど、草の季語がたくさんあります。
一見、同じ緑にみえますが、よくみると種類はさまざま。数種の雑草たちが互いに助け合い小さなコロニーを形成しているのもかわいくみえてしまいます。
雑草と呼ばれるくさぐさは、居心地のいい肥沃な土地を選ばず、過酷な環境に適応することで生き延びてきた植物たち。生命力が強すぎるがゆえに人間には邪魔もの扱いされがちですが、植物としての能力はかなり高いといえるのではないでしょうか。踏まれるのを覚悟の上のロゼットが多いのも特徴です。
たとえば全国どこででもみられるオオイヌノフグリは、明治以降に日本に広まった外来種で、在来種であったイヌフグリの方は滅多に見かけなくなってしまいました。雑草の植生も毎年少しずつ変化していますが、春の七草として知られているナズナ、ホトケノザ、ハコベラなどは、都会の片隅で変わらず元気に暮らしています。
ほかにはカタバミ、キュウリグサ、タビラコ、オランダミミナグサ、タンポポ、スズメノカタビラ、アメリカフウロ、ヒメオドリコソウ、カラスノエンドウ、ハナニラ、ノゲシなどがうちの近所の常連さんといったところです。みなさまの地域はいかがでしょうか。
これは玄関脇のツタバウンランです。温暖化のせいかここ数年、真冬でも咲き続けるようになりました。住宅街が好きなようで、うちの近所ではよく見かけます。トキワハゼやカキドオシともよく似ていますが、見分けポイントは2枚上に出たうさぎの耳、そして蔦に似た葉のかたちです。
あと数週間で、小さな草花たちは花盛りを迎えます。ゆっくりと息を吹き返していく樹木に比べて、草花の成長は早く、小さいなら小さいなりに、1輪でも2輪でもチリンと花を咲かせています。樹木が茂って日陰になる前に、という戦略でもあるのでしょう。
一方、樹木の方はようやく芽吹きを迎え、雨水の頃(2月下旬〜3月上旬)に降る雨を「木の芽雨」または「木の芽起こし」といいます。ポンっと音がしそうな芽吹きがあちらにも、こちらにも。
枯木逢春(こぼくほうしゅん)といいますが、すっかり枯れ果てたようにみえた木にも芽が吹いていることに気づいたときの静かな驚き。
逆境を乗り越えて、静かに息を吹き返すことの例えとして使われています。裸になっていた広葉樹たちも、いよいよ目覚めの季節です。
文責・高月美樹 引用元 暦生活