LUNAWORKS

オンラインショップで購入

amazonで購入

季節のコラムCOLUMN

二十四節気と七十二候

七十二候/桜始開さくらはじめてひらく

桜は開きかけたあと、すぐ満開になるかと思いきや、必ず寒の戻りがあり、満開を迎えるのが少し先延ばしになるのが順当なめぐり。そして花が咲いている間に、必ず雨が降ります。

桜は梅と同じくあまりにも種類が多いため、ひとくちにと桜と呼んでいますが、人工的な交配種だけでなく、自然交配、突然変異の野生種などさまざまで、100種以上の自生種、200以上の改良種があるといわれています。

河津桜(かわづさくら)

早咲きでよく知られているのは河津桜(かわづさくら)。濃いめのピンクは遠くからもよく目立ち、近づいてみるとメジロが蜜を吸っている姿をよくみかけます。メジロにとっては梅に続いて咲き出す河津桜のおかけで。ご馳走続きの日々。メジロは花の蜜専用ともいうべき細いくちばしと長い舌を持っています。

河津桜 写真提供:Miharu Tanaka

寒緋桜(かんひざくら)

同じく早咲きの寒緋桜(かんひざくら)は一段と濃いショッキングピンク。釣鐘状で、サクランボのように下向きに咲き、花ごとポトリと落ちます。

陽光桜(ようこうざくら)

陽光桜(ようこうざくら)は寒緋桜を親にした交配種で、花も大輪で甘いピンク。「天地に恵みを与える日の光」という意味で名づけられたそうで、平和な春の陽を思わせる明るい印象の桜です。

前回、スズメが桜の花を落とす話を書きましたが、桜を散らすのはスズメだけでなく、ヒヨドリとこの大きなワカケホンセイインコがものすごい勢いで、どんどん花を落とします。

陽光桜 写真提供:Miharu Tanaka

この陽光桜の開発者、高岡正明氏は第二次世界大戦中、教員をしていたそうです。学校には桜の木があり、毎年花を咲かせていました。次々と動員されていく10代の教え子たちに「桜の木の下で再び会おう」と励まして送り出していましたが、多くの教え子たちが戦死して、戻らなかったそうです。

遠い地で亡くなった教え子の魂を弔いたいという一心で、30年もの試行錯誤を繰り返して生み出したのがこの陽光桜です。病害虫に強く、世界中のどこにでも根づき、暑く乾燥した地域でも、寒い地域でも育つように改良を重ねた陽光桜は平和のシンボルとして、戦地となった国々に送られて、咲いているそうです。

そうした事情を知らなくても「平和」や「のどかさ」を感じさせる桜ですが、物語を知ってみると情熱と愛情がたくさんつまった桜なのだと胸が熱くなります。大ぶりで華やかなのも、時が経っても人々に忘れられずに見てもらえるように工夫されたのだとか。

大島桜(おおしまざくら)

大島桜(おおしまざくら)は日本に自生する原種で、多くの桜の品種の親。新緑の緑に映える白の花びらが美しく、関東に多いので源氏の白旗になぞらえて「白旗桜」とも呼ばれています。

オオシマザクラ

染井吉野

次に咲くのが、桜の代名詞のようになっているソメイヨシノ(染井吉野)。園芸職人の集まる江戸・染井(現在の豊島区駒込)の植木屋が作り出した交配種で、挿し木でしか育たないクローン種。

一斉に咲き出すので「桜前線」の指標にされていますが、ソメイヨシノが咲き始める頃は必ず寒の戻りがあります。開花の勢いが一旦止まったあと、三寒四温で、また一気に気温のあがる数日が続き、あれよあれよというまに満開を迎えます。関東では七十二侯の「桜始咲く」は、ほぼそのまま当てはまります。

「花の雲」という季語がありますが、遠くから眺めても、近くで眺めてもソメイヨシノはまさに花の雲。ピンクのつぼみがひらくとほとんど白になっていく、その「淡い」は神秘的です。

ソメイヨシノの魅力は豪華な花もさることながら、その樹形にあるのではないかと私は思っています。ソメイヨシノは成長が早く、太く立派な大木になる上に、枝が大きく横に広がるという特性を持っています。

花が咲くとまさに屋根のようになりますし、川沿いでは川の反射光を求めて、垂れるように長く枝を延ばします。川に散れば花筏(はないかだ)に、風が吹けば花吹雪(はなふぶき)に、夜は花明かりと最初から最後まで存分に楽しませてくれるのがソメイヨシノ。

桜は夢のように美しいけれど、儚く散ってしまうことから「夢見草」という異名がありますが、まさにソメイヨシノは満開を迎えた途端に、ハラハラと散り始める。この儚さがまた愛される理由なのでしょう。

紅華(こうか)

ソメイヨシノが盛りをすぎてから咲く桜もたくさんあります。これは4月に入ってから咲く紅華(こうか)。その名の通り、華やかで濃いピンクで花びらは30〜40枚あります。バラのようなあでやかさのある桜です。

紅華

普賢象(ふげんぞう)

フゲンゾウ

1つの花に150枚の花びらがつくという豪華絢爛な晩春の桜、普賢象(ふげんぞう)。開花とともに花びらが白くなっていくことと、おしべの先端が象の花のように曲がっているのを、普賢菩薩の乗る白い象に見立てて名づけられた古い品種です。普賢菩薩は慈悲と知恵の女神。花の下に入ると、菩薩の慈悲にふんわりと包まれたような優しい気持ちになります。

西行桜

願わくは花の下にて春死なん その如月の望月の頃 西行

如月は西暦の3月の頃。ちょうど桜の咲く頃です。できることなら満月の頃、満開の桜の下で死にたいものだ、と歌った西行は「月と桜の歌人」として知られています。そして念願通り、西行は如月のほぼ満月の頃になくなったので、二月十五日は「西行忌」となりました。

能楽の『西行桜』は、桜の精霊のお話です。たくさんの人が花見に押し寄せるのを憂え、せっかくの求道の道を俗世に引き戻されたと嘆く西行の夢枕に、老いた桜の精が現れます。

「花の咎とはなんぞや」と尋ね、「無心に咲く花に咎はあらじ」と諭し、これを俗世と思うのか、求道の地と思うのかは心次第、時節を違えず咲く花こそ仏法の表れだと説いて、暁の光とともに消えていくという「春の夜の夢」です。

昼もよし、夜もよし。今も昔も、人々は桜が咲くと誘い出されるように外に出て、そぞろ歩いています。「今宵会う人みな美しき」はまさにその通りで、立ち止まっては桜を愛でる人々の姿もまた、目のごちそうです。行き交う人々の表情も和やかで、みな美しく見えます。

「桜人(さくらびと)」は、桜を思い、愛でる人を表す言葉です。花人(はなびと)ともいいます。今年も互いの無事を祝福しつつ、「桜人」になりましょう。

出典:暦生活

SHARE:

  • facebookでシェア
  • twitterでシェア

一覧に戻る