七十二候は「金盞香(きんせんかさく)」を迎えました。金盞(きんせん)は水仙のことで、「咲く」とはいわず「香(かぐわ)し」と表現されているように、気品のある芳香と、清楚なその姿は室町時代から珍重され、生け花の世界でも松竹梅に匹敵する、格調の高い花として愛されてきました。
とはいえ、実際に11月に咲く水仙はほとんどないので、七十二候の中でも少しずれを感じる一候です。地域にもよりますが、ニホンスイセン(日本水仙)は12月から2月ごろ、ラッパスイセン(喇叭水仙)は3月から4月ごろです。
遅咲きの園芸種も多く出回っているので、春の花の印象が一層、強くなっていますが、古くからあるニホンスイセンは真冬にいち早く咲き始めることから、しばしば雪とともに詠まれ、江戸時代は「雪中花」と呼ばれていました。
このように真っ白な雪の中で咲く姿や、寒い中で咲く様子を詠んだ句が多く、季語としての「水仙」はやはり初冬ではなく、晩冬(西暦1月〜2月初旬)に分類されています。ちなみに「雪中の四友」とはサザンカ(山茶花)、スイセン(水仙)、ロウバイ(臘梅)ツバキ(椿)のことです。
園芸種が数万種に及ぶスイセンは今や世界中に広まっていますが、原産地は地中海沿岸で、30種ほどの原種があります。ニホンスイセンの原種は古くシルクロードを経由して中国に渡り、日本には大陸から流れ着いた球根が根づいて帰化したと推測されており、福井や淡路などに残る海岸の群生地はその名残いわれています。水仙の名は中国からのもので、「水辺の仙人」に由来します。
ニホンスイセンは日本の気候風土にすっかりなじんで寒い中でもよく咲きます。個人のお庭でも勝手に増えて、あちこちに小さな群落を作り、お庭を歩くのが楽しみになるような香りの小道ができます。
日本に自生する小ぶりなニホンスイセンは園芸種の大ぶりなスイセンよりも芳香が強く、スラリとのびる葉の形も美しく、いかにも原種らしい雰囲気があって「清らか」という表現がぴったりの花です。
ニホンスイセンを称えた和歌です。銀(白の意)の台(うてな)に金の盞(さかずき)という意味で、金盞銀台(きんせんぎんだい)という雅名もあります。
こちらは数年前の年末頃に見かけた花です。ニホンスイセンよりもずっと小さく、息が白くなるような寒さの中で、バレリーナのスカートのような透き通った、薄い花びらにしばし見とれてしまいました。まさに冬の妖精のよう。学名はナルキッスス・カンタブリクス。ペチコートスイセンと呼ばれていますが、こちらもイベリア半島に自生する原種スイセンのひとつだそうです。