二十四節気と七十二候
今年もモンシロチョウが舞い始めました。私はモンシロチョウが舞い始めると春もいよいよ半ばに入ったな、と感じます。
モンシロチョウはアブラナ科のみを食草とするため「菜虫」といいます。モンシロチョウは知らない人がいない、日本でもっともポピュラーな蝶ですが、元々はヨーロッパ南部の蝶が世界中に広まったもので、正確には外来種。日本には奈良時代、ダイコンと一緒についてきて、全国に広まりました。
日本の在来種は、モンシロチョウによく似たスジグロチョウ。紋がなく、全体に黒い筋が入っています。スジグロシロチョウたちは畑の野菜ではなく、野生のアブラナ科を食草とするため、中山間部に生息しています。
これは最近、わが家のサンルームで咲いたカブの花です。カブの花は十字というより2枚ずつ縦にならぶので、花自体が蝶のように見えます。アブラナ科は「十字架植物」といわれ、4弁の花弁が特徴です。
雑草ではナズナ、イヌガラシ、タガラシ、タネツケバナ、ムラサキハナナなどもアブラナ科です。
現在の菜の花は春の野菜として人気がありますが、かつては菜種油をとるため日本中で栽培されていました。正式にはアブラナ(油菜)、ナタネ(菜種)。燃やすと臭いがする魚油に比べて、菜種油は高価で上質な灯油でもありました。
アブラナの他、ダイコン、カブ、ハクサイ、ミズナ、カラシナ、コマツナ、ミズナ、チンゲンサイ、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワーなど、食卓でおなじみの野菜の多くがアブラナ科で、人間には大人気です。
ところが、アブラナ科の葉を食べられる虫は、ごくわずか。アブラナ科は虫が嫌がる強力な毒を含み、ほとんどの虫は食べることができません。蝶の中で、唯一、アブラナ科の葉っぱを食べられるのは、モンシロチョウの幼虫だけです。
モンシロチョウだけはアブラナ科のもつ毒を食べても死なない特殊な身体を手に入れ、長い年月をかけてアブラナ科の野菜と特別な契約を結んできました。これは数千年かけて生まれた共生関係です。
これらの野菜の普及とともに、世界中に生息地を拡大することができたのがモンシロチョウというわけです。モンシロチョウは必ずアブラナ科の葉に卵を産み、幼虫はその葉を食べて成長します。そしてもちろん蝶になれば、花から花へ、せっせと受粉して回ります。
アブラナ科の野菜の戦略は巧みで、菜虫に食べられることも想定の上で進化してきました。たとえばキャベツやハクサイの外側の葉は、虫が食べやすいように寝かせて大きくひらいていますが、しっかりと葉を巻いて固く結球していくことで成長点は食べられることなく守られています。また菜虫のフンは野菜の根元にどんどん落とされていき、葉から吸収したリン酸を土に還す役割も果たしているそうです。
幼虫、成虫ともにアブラナ科を食することができる唯一のカメムシは菜っぱの亀さん、ナガメ(菜亀)です。うちの田んぼでは水口に自生するクレソンの葉の上でよくみかけます。クレソンは水辺の植物ですが、アブラナ科です。
また蛾の仲間では、コナガ(小菜蛾)やヨトウガ(夜盗蛾)だけがアブラナ科の葉を食べることができます。いずれも幼体は青虫で、畑の害虫として知られていますが、アブラナ科を食べられる虫はこれくらいで、ごく少ないのです。
モンシロチョウを始めとする青虫には天敵がたくさんいます。青虫は毒もなければトゲもなく、捕食者にとってはご馳走で、鳥たちの他、カエル、クモ、カマキリ、アシナガバチにとっても格好のエサになっています。
天敵が多いモンシロチョウの幼虫ですが、最大の天敵はアオムシコマユバチというわずか3ミリほどの小さな寄生バチ。多くの青虫がこの寄生バチに卵を産みつけられることで、内側から少しずつ身体を食い破られて命を落とし、最終的にモンシロチョウが成虫になれるのは、わずか1割といわれています。ひらひらと舞うモンシロチョウは運よく、羽化で生き延びた個体です。蝶になるのは大変なのですね。
最後に、私の得意料理をご紹介します。ハマグリと菜の花を蝶に見立てた潮汁。題して「春の蝶」です。誰にでも簡単にでき、旬の素材を存分に楽しむことができるお椀です。ぜひお試しください。
写真提供:高月美樹