初夏の森で、こんなドキッとするような不気味な植物の姿を目にしたことはないでしょうか。紫や黒の仏炎苞(ぶつえんほう)をもつマムシグサ、ムサシアブミ、ウラシマソウなど、サトイモ科のテンナンショウ属です。
マムシグサは茎のまだら模様がマムシを思わせることからこの名があり、ウラシマソウ(浦島草)は浦島太郎の釣り糸のような長いヒゲがあります。
仏炎苞をもつ仲間の中でカラスビシャクはもっとも小型です。美しい緑色で、不気味という感じでもなく、細いろうそくのように畦や畑に何本かまとまって生えてきます。狐の蝋燭(きつねのろうそく)、蛇の枕(へびのまくら)という別名もありますが、苞の中から伸びる長い舌がちょうど鶴の首のような美しい曲線を描くので、草地の中に紛れるように生えていても、すぐに見分けがつきます。
仏炎苞はハエを呼び寄せ、受粉してもらうためのデザインです。一度、ハエが苞の中に入ると、そう簡単には出られません。マムシグサには出口がなく、ハエは受粉を果たすとそのまま息絶えますが、カラスビシャクの場合は驚いたハエが暴れ回り、花粉だらけになった頃、袋の下部に小さな脱出口が作られ、ハエがフラフラになりながらも外に出られるしくみを持っています。
うちの田んぼでも毎年、同じ場所に生えてきます。花のようには見えませんが、この細い筒の中に肉穂花序が隠されています。
七十二候の半夏(ハンゲ)とは漢方薬の半夏(はんげ)、このカラスビシャク(烏柄杓)のことでした。薬草としてお金になるため、農家の女性たちが根を掘ってお小遣いにしていたので「ヘソクリ」と呼ぶ地域もあったようです。畦や畑ににょきにょきと生えるカラスビシャクの特異な形はわかりやすい目印だったのでしょう。
農家では夏至から十一日目の雑節、半夏生(はんげしょう)をとくに重要視し、この日までに田植えや畑仕事を終える目安としていました。現在は黄経百度を太陽が通過する日で計算され、毎年7月2日頃となります。「天から毒気が降る」「井戸に蓋をする」「野菜を採らない」などの言い伝えは農作業を休み、身体を労わるための戒め。蛸やうどんを食べる風習もあります。
またこの頃に降る雨は梅雨のさなかで大雨になることが多かったことから半夏水(はんげみず)、半夏雨(はんげあめ)と呼ばれてきました。今年はどうなるでしょうか。
紛らわしいのですが、ドクダミ科のハンゲショウ(半夏生)もちょうど同じ頃に花を咲かせます。なぜか花の咲く時期だけ、葉の上部が数枚、真っ白に変わります。半分、白い化粧をしたようにみえるので半化粧(はんげしょう)、片白草(かたしろぐさ)とも呼びます。いかにも楚々とした風情があり、夏の茶花にもよく使われる草花です。
緑と白のコントラストがいかにも涼しげで、わずかな期間を告げるこの夏の色に、毎年のことながらハッとさせられる瞬間があり、心が踊ります。葉が白くなるのは虫を呼び寄せるためだそうで、花期が過ぎると緑一色に戻って目立たなくなります。植物の戦略は面白いですね。うちの近所ではちょうど今が盛りです。みなさまの地域ではいかがでしょうか。
ハンゲショウ/写真提供:Shinji Satoh
出典:暦生活