啓蟄を迎えると、黄色のミモザの花が咲き出します。少し前まで地鳴きだったシジュウカラの鳴き声が、「ツツピー、ツツピー、ツツピー」という高らかに歌うさえずりに変わりました。ウグイスのぐぜりも始まり、鳥たちはいよいよ恋の季節です。そして大地のいきものたちは、、、
蟻穴を出づ(ありあなをいづ)
蟻穴を出でておどろきやすきかな 誓子
アリはもう元気に動き回っています。秋に戸を閉じ、春に戸を開ける。「蟄虫啓戸」そのままの生きものといえば、やはりアリですね。「蟻穴を出づ」は春の季語。私は毎年、最初のアリを見つけると、やあ、と思わず笑みがこぼれ、その生き生きとした動きにしばし見入ります。
啓蟄の蟻がはや引く地虫かな 虚子
何かにぶつかっては驚いたように立ち止まる様子や、早くも大きな獲物を見つけて懸命に引っ張っている姿、つやつやとした顔を拭いたりするいきいきとした姿に、春がみえます。
春の蟻つやつやと貌拭くさます 楸邨
アリに学ぶ共生関係
アリは「陸のプランクトン」といわれるほど数が多く、世界でもっとも繁栄に成功した虫です。その理由は、さまざまな生き物や植物と巧みな共生関係を結んできたことにあります。奪うだけのテイカーではなく、お互いに恩恵を受けられる関係を築いてきました。一億年以上、生きている虫たちは生物として私たちよりもはるかに先輩です。
たとえば、外敵から捕食されやすいアブラムシはアリのために甘露を出すことでアリにパトロールしてもらい、身を守ってもらっていますし、植物たちも葉や茎に蜜腺を持つことでアリを呼び寄せ、葉を食べる虫から守ってもらう戦略をとっています。
ほかにはクロシジミのように、幼齢のときにアリの好きな匂いを発することでアリの巣に運ばれていき、かいがいしく給餌や掃除もしてもらい、羽化すると穴から出ていく蝶もいます。またカラスやムクドリなどの鳥はアリに体をすりつけて、蟻浴(ぎよく)をすることも知られています。アリの蟻酸(ぎさん)に含まれる化学物質が防ダニ剤として機能するからだそうです。
アリは今から1億年前、肉食の狩バチから進化して、羽を落とし、地下で暮らすことを決めた種族です。高度なコロニーの形成やこまかい役割分担など、その生態はミツバチに近く、昆虫界の中でもっとも高度に進化した虫です。
アリの様子を眺めていると、念入りに手を擦り合わせたり、触覚を合わせてあいさつしたり、手に負えないと応援を呼んだり、なんだか人間の社会とよく似ています。
ただ、人間はアリのように他との共生関係を築けているだろうか、と思います。私たち人間もほかの植物や生き物たちの求めるものを知り、与え合う存在になりたいものです。
アリ散布植物
前回紹介した都会の草花の多くも、アリと共生関係にあります。カラスノエンドウのように蜜腺を持ってアリに身を守ってもらうもののほか、ホトケノザやヒメオドリコソウは、アリに種を運んでもらっています。ほかにはムラサキケマンカタクリ、タチツボスミレ、カタバミ、キュウリグサなども、アリ散布植物です。